山内一豊ゆかりの地を巡る旅は、高知城追手門の真正面にある「城博(ジョーハク)」こと、高知城歴史博物館からはじまります。ここは初代・一豊公から続く山内家伝来の至宝を収蔵しており、国宝や重要文化財を含む約6万7千点もの歴史資料を誇ります。そして特筆すべきは、展示されている資料のほとんどが実物なんです!文化財保護のため2ヶ月ごとに展示替えが行われており、訪れるたびに新しい発見があります。
山内一豊ゆかりの地を巡る旅
- 山内一豊が見た、土佐のはじまり。
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「本物」が語る場所/高知県立高知城歴史博物館
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一豊公の所用品などを展示するコーナーがあり、こちらも定期的に入れ替えが行われています。この日は公が愛用したと伝わるフェルト製の南蛮帽(なんばんぼう)や、一豊公の筆とされる「神」と書かれた一筆書を鑑賞することができました。
開催中の企画展で展示されていた公の所用と伝わる「紙衣(かみこ)」。
土佐では、正月の年頭挨拶の際に藩主や家臣が和紙で作られた「紙衣」を着用していました。
これは、亡き娘を供養する意味をこめて一豊公が長浜城主のころにはじめたと伝えられており、山内家家中の伝統行事として行われていました。
展示を堪能した後は「高知城展望ロビー」でのんびりひと休み。凛々しくそびえる高知城と追手門、そして馬に跨る山内一豊像を同時に一望できます。
一豊公が心血を注いだ「南海道随一の名城」/高知城
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博物館を出て追手門をくぐり、いよいよ一豊公が築いた高知城の懐へ。
慶長6年(1601)、土佐に入国した一豊公は、そのわずか5ヶ月後には築城を決定します。家康公の許可を得て始まった工事は、まさに昼夜の別なく行われました。1日に1,200人以上を動員し、夜間も提灯や松明を掲げて突貫工事を進めたという記録からは、一豊公がいかに早くこの地に強固な礎を築こうとしたかが伺えます。
慶長8年には本丸と二ノ丸が完成し、一豊公は念願の入城を果たしますが、城全体の完成を見届けることなく慶長10年にこの世を去りました。現在の天守は江戸時代の大火後に再建されたもの(1747年再建)ですが、一豊公が描いた壮大な城の輪郭は、今も大切に保存されています。
追手門の近くには、馬を駆る勇壮な山内一豊の銅像が立っています。大正2年に建立された初代の像は、戦時中の金属回収令によって惜しくも供出されてしまいました。現在の像は、平成8年に再建された「2代目」。宿毛出身の彫刻家・本山白雲が手掛けた初代の「雛形(縮小像)」をもとに再現されたもので、その貴重な雛形は、先ほど立ち寄った高知城歴史博物館に収蔵されているそうです。
城内でも内助の功で知られる「千代(見性院)の銅像」が迎えてくれます。
歴代藩主が眠る、緑に包まれた社/山内神社
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高知城を離れ、鏡川のほとりへと向かうと、深い緑に包まれた山内神社が見えてきます。
初代・一豊公とその妻・千代(見性院)、そして幕末の名君として知られる容堂公をはじめとする、土佐藩の歴代藩主を祭神として祀る神社です。
一豊公が土佐一国を任されるまでに出世したこと、そして千代がその歩みを「内助の功」で支えたという逸話から、この神社は「出世」や「縁結び」にご利益がある場所としても知られています。
高知の名物「ぼうしパン」の元祖/リンベル
散策に疲れたら、高知県のご当地パン「ぼうしパン」の元祖、リンベル(永野旭堂)。昭和30年、メロンパンのビスケット生地をかけ忘れ、代わりにカステラ生地をかけて焼いたところ、偶然この形になったという失敗から生まれた名物!しっとりした「つば」とふんわりした中身、それぞれの食感の違いと飽きのこない優しい味わいです。
店内には元祖のほか、あん入りや「とんがりぼうし」など多彩なバリエーションが並びます。「ニコニコパン」や「コンビ」といった、地元で長年愛されるレトロなパンも豊富です。イートインスペースもあるので、お好みのパンをコーヒーと一緒に、ゆっくりひと休みできます。
住所:高知市永国寺町1-43
TEL:088-822-0678
一豊公が仰ぎ見た、土佐入国の道標/工石山と妙体岩
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旅の二日目は、高知市街から車を40分ほど走らせ、北にそびえる「県民の森」工石山へと向かいます。標高1,176メートル。この山の頂近くに、一豊公の土佐入国にまつわるエピソードを持つ「妙体岩」が鎮座しています。
工石神社の鳥居がある登山口から入山すると、すぐに巨大な妙体岩の岩肌が目の前に現れます。あまりの大きさに、間近ではその全容が視界に収まりきらないほど。これほどの巨岩だからこそ、はるか遠く、太平洋の波間に揺れる船上からでも確かな目印となり得たのだと、目の当たりにして納得しました。
慶長5年(1600)12月下旬、大坂を出発した一豊公の一行は、淡路島で年を越し、翌年1月2日に甲浦(現・東洋町)へ着船。その後、奈半利、安芸、赤岡と海岸線を西へと進んでいきました。その船旅のさなか、一豊公が「舟入(ふないり)の目印」としたのが、この妙体岩だと伝えられています。海上から仰ぎ見る山腹の巨岩は、見知らぬ土地へ足を踏み入れる一行にとって、進むべき方向を示す不動の道標だったのでしょう。
この日はのんびりと2時間弱ほど、森林浴を楽しみながらトレッキングを堪能。頂上や「風の谷」からは、霞の向こうに太平洋を望むことができ、一豊公が辿った海路に思いを馳せるひとときとなりました。ルート上には妙体岩を横から眺められるスポットもあり、その厚みと迫力には改めて圧倒されます。知識として知るだけでなく、ぜひ実際に歩いてそのスケール感を体感していただきたい場所です。
山歩きの疲れを癒やす憩いの場/BAL土佐山
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工石山を下山した後に立ち寄ったのは、地元の人気タルト店が手掛けている「BAL土佐山」です。フルーツたっぷりのタルトやクレープをはじめ、土佐ジローの卵かけごはんやおにぎりセットなど軽食も提供しています。山歩きで疲れた体がじんわりと癒やされました。店内では地元の野菜や人気のパンなども販売していて、とても楽しい寄り道になりました!
一豊公ゆかりの地を巡り、歴史の奥行きを肌で感じることができた二日間でした。 400年以上の時を経てもなお、一豊公が築いた城郭や、彼が目印とした自然の造形は、変わらぬ姿で私たちを迎えてくれます。歴史のロマンに浸り、先人の情熱に想いを馳せる旅へぜひ出かけてみてください。



