世界的植物学者 牧野富太郎

提供:高知県立牧野植物園
牧野富太郎ってどんな人?
高知県出身の牧野富太郎は日本が世界に誇る植物分類学の第一人者です。
一生涯を通して植物分類学の研究に打ち込み、新種や新品種など1,500種類以上の植物の学名を付けました。 また日本全国で採集調査を行い、生涯において収集した植物標本は40万枚ともいわれ、蔵書は45,000冊を数えます。 植物知識の教育普及活動にも全国規模で尽力し、地元の植物研究家、愛好家などの育成に努めました。 78歳で刊行した『牧野日本植物図鑑』は、これまでの研究と普及活動の集大成であり専門家から一般の人々まで今なお広く愛用されています。

牧野富太郎略年譜

  • 1862(文久2)年4月24日
    高知県高岡郡佐川町で酒造を営む裕福な商家の一人息子として生まれる。(幼名:成太郎)
  • 1868(慶応4)年
    父、母、祖父が相次いで亡くなり、祖母に育てられる。(この頃、富太郎と改名)
  • 1876(明治9)年
    佐川の名教館で高度な教育を受け、後に入学した小学校の授業に飽き足らず、2年で自主退学。
  • 1884(明治17)年
    東京大学理学部植物学教室を訪ね、研究室への出入りを許され研究に没頭する。
  • 1887(明治20)年
    『植物学雑誌』の創刊に携わる。
  • 1888(明治21)年
    壽衛(すえ)と東京根岸に所帯を持つ。この頃、 石版印刷技術を習得し、 『日本植物志図篇』を自費出版。
  • 1889(明治22)年
    大久保三郎と日本で初めて新種ヤマトグサに学名を付ける。横倉山でコオロギラン発見。
  • 1890(明治23)年
    現在の東京都江戸川区でムジナモを発見。
  • 1893(明治26)年
    帝国大学理科大学の職員(助手)となる。
  • 1899(明治32)年
    「新撰日本植物図説」刊行を開始。
  • 1900(明治33)年
    「大日本植物志」刊行を開始。
  • 1901(明治34)年
    「日本禾本莎草植物図譜」「日本羊歯植物図譜」刊行を開始。
  • 1907(明治40)年
    「増訂草木図説」刊行刊行を開始。
  • 1911(明治44)年
    東京植物同好会が創立され、会長に就任。
  • 1912(明治45)年
    東京帝国大学理科大学講師となる。
  • 1916(大正5)年
    「植物研究雑誌」を創刊。
  • 1928(昭和3)年
    壽衛(すえ)死去。1927年に仙台にて発見した新種のササに「スエコザサ」と命名する。
  • 1934(昭和9)年
    「牧野植物学全集」刊行を開始。
  • 1940(昭和15)年
    「牧野日本植物図鑑」を刊行。
  • 1946(昭和21)年
    個人雑誌「牧野植物混混録」の刊行を開始。
  • 1948(昭和23)年
    皇居に呼ばれ、昭和天皇に植物学の講義を行う。
  • 1953(昭和28)年
    東京都名誉都民となる。
  • 1956(昭和31)年
    佐川町名誉町民となる。
  • 1957(昭和32)年1月18日
    94歳で永眠。東京都谷中の天王寺墓地に埋葬。 没後、文化勲章を授与される。

スエコザサ命名秘話

研究に惜しみなくつぎ込むお金をあの手この手で工面して、富太郎を献身的に支えたのが妻・壽衛(すえ)でした。学問に私情を挟むことを好まなかった富太郎ですが、誰よりも植物研究の重要性を理解し、思うままにさせてくれた愛妻の内助に感謝し、1927(昭和2)年に仙台で発見した新種の植物をスエコザサと名付け、学名と共に『植物研究雑誌』に発表しました。発表を見ることなく壽衛は病のため永眠しましたが、富太郎は墓標に「世の中のあらむかぎりやすゑ子笹」と刻み、東京練馬の自宅の庭に植えて終生大切にしました。
提供:高知県立牧野植物園

草木の精かも知れん

自叙伝において 「私は植物の愛人としてこの世に生まれ来たように感じます。あるいは草木の精かも知れんと自分で自分を疑います。」と述べていた富太郎。植物採集へ出かける際には必ず、シャツに蝶ネククイ。植物への愛と尊敬の気持ちを服装に表していたようです。晩年、病床にあっても植物採集や珍しい植物を見つけた夢などを見て翌朝家族に話していたそうで、家族が富太郎を植物の精ではないかと思うほどでした。
提供:高知県立牧野植物園
この服装:当時の正装

牧野式植物図について

富太郎の植物図は、 単なる写生ではなく、 複数の個体を観察した上でその植物の典型的な形態を捉えている点、花期や果実期など各生長段階を精密に描写している点が最大の特徴で、「牧野式植物図」とよばれています。緻密で精密な描写、表現力は世界的に高い評価を受けています。描画にあたっては主に根朱筆(ねじふで)を用いていますが、自ら加工するなど、道具にもこだわりました。
図)コオロギラン
所蔵:高知県立牧野植物園

すき焼き

「父は牛肉のすき焼が大好物です。やはり牛肉をいただいていたせいで、こんなに長生きをしたのではないかと思い ます。」(牧野富太郎自叙伝「父の素顔」牧野鶴代より)

トマト

西洋酢をかけて食べる。毎食欠かさないほどの好物。

コーヒー・紅茶

コーヒーはブレンドするほどのこだわり。